since Aug.2009.......「声低く語れ(parla basso)」というのはミケランジェロの言葉です。そして林達夫の座右の銘でもありました。 ふだん私は教室でそれこそ「大きな声で」話をしている気がします。そうしないといけないこともあるだろうと思います。けれども、本当に伝えたいことはきっと「大きな声」では伝えられないのだという気がします。ということで、私の個人のページを作りました。
岩波の『思想』に掲載された岡真理の文章に、戦争の対義としての文学というものがあった。それはサルトルの言葉、「アフリカの飢えた子どもたちに文学は何ができるか」という問いをうけ、ナスラッラーの「アーミナの縁結び」などにふれながら書かれたものだった。
私は、その時、ナスラッラーやカズオ・イシグロを彼女が「戦争に対義できる文学」と捉えているように読んでいた。だからパウル・ツェランやプリモ・レーヴィにふれつつ、文学は戦争に対しつつ、しかし対し切れたのか?と問いたかった。またサルトルの言葉に対する岡の立ち位置も、はっきりと対立するものだと捉えていた。
あいだにアドルノの言葉が挟まれていたこともあるが、それらはどうやらはっきりとした誤読だった。
岡は何よりもまずサルトルと同じ問いを自らに向けて発するところから出発していた。
『アラブ、祈りとしての文学』(岡真理 みすず書房)という本を読むことができた。その冒頭は次のような章で始まる。「小説、この無能なものたち」。そしてヨルダン川西岸北部のジェニン難民キャンプが徹底的に破壊されるさまにふれながら、こう書く。
「あの頃、朝、電子メールを開くたびに、パレスチナ各地から、悲鳴のようなメールが世界中を転送されて何通も届いていた。いても立ってもいられぬ思いで、4月末、私はパレスチナに赴いた。〔…〕/このような現実を前に、私は、自分がアラブ文学研究者であることの意味を問い直さずにはおれなかった。ジャーナリストなら、この現実を写真や文章で広く世界に伝えることができる。医者であれば現地に赴き、傷ついた人々を助けることができる。手品師なら鮮やかなマジックで、怯える子どもたちに束の間の笑顔をとりもどしてやれる。だが、私はアラブ文学者だった。それは恐ろしく無能で、役立たずのことのように思われた。」(p2)
サルトルの問いは、まず彼女自身の自らへの問いとしてあったのだ。自らの無能さ、無力さへの歯ぎしりするような思いとともにあった。
この本は、このような現実から始まる。そしてアラブで何が起こっているのか、パレスチナで何が起こっているのか、その中で作家は何を見、何を書いたのか。そこに何を込めたのか。それは戦争と殺戮の中で人間が何ものであり得るのか、と言うと問いとも重なり合いながら、文学の意味を捉えなおす。文学が何であり得るのか、あるいは何でしかありえないのか。
内容は、実際に本を手にとって読んで欲しいと思う。そこには極限的な状況の中で、例えば難民キャンプで生まれ、育ち、出口がどこにも見えない中で、生き続ける以外に選択肢がないまま数十年を過ごしてきた人々がいる。その状況に対して、人間の希望とは何であり得るのか。人間の愛は、物語は何であり得るのか。そうしたことが書かれている。要約すべきではないと思う言葉が、アラブの作家たちの文章とともに書き記されている。
いま要約すべきではないと書いた。しかし、その断片の一つをここに記しておきたい。私はこうした引用によって、あたかもその文章を読んだような気持ちになってしまうことをむしろ恐れる。けれども、その断片が見知らぬ世界への小さな扉を開く力になることを願うからだ。直接それに触れることから感じとるものがあるのではないかと期待するからだ。
「小説もまた、そのようなものであるとは言えないだろうか。痛みをただ生きることだけしかできない者たちのために、彼らが耐え忍ぶ痛みのゆえに、彼らの知らないところで、彼らに捧げられたひそやかな祈り……。だとすれば、アフリカで飢えている子どもたちを前にして文学に何ができるのか、と言うサルトルの問いに、私たちはこうこう答えることができるのかもしれない――小説は祈ることができる、と。だが祈りとして書かれた小説が、いままさに餓死せんとしている子どもを死から救うのかと問われれば、祈りが無力であるのと同じように、小説もまた無力であるにちがいない。
孤独のなかに打ち棄てられている者たちにとって、自分たちのために祈る者がいると知ることは、一つの救いだろう。〔…〕だが祈りの多くは、祈りを捧げられるものたちがそれを知ることなく、密やかに行われるものだ。」〔p299〕
「極言すれば、いま、すでに起きている事柄に対して祈りそれ自体が無力であるように、小説は無力である。」
「では祈ることが無力であるなら、祈ることは無意味なのか。私たちは祈ることをやめてよいのか。しかし、いま、まさに死んでゆく者に対して、その手を握ることさえ叶わないとき、あるいは、すでに死者となった者たち、そのとりかえしのつかなさに対して、私たちになお、できることがあるとすれば、それは、祈ることではないのだろうか。〔…〕
薬も水も一片のパンも、もはや何の力にもならない、餓死せんとする子どもの、もし、その傍らにいることができたなら、私たちはその手をとって、決して孤独のうちに逝かせることはないだろう。あるいは、自爆に赴こうとする青年が目の前にいたら、身を挺して彼の行く手を遮るだろう。だが、私たちはそこにいない。彼のために、祈ること、それが私たちにできるすべてである。だから小説は、そこにいない者たち、いなかった者たちによって書かれるのだ。もはや私たちには祈ることしかできないそれらの者たちのために、彼らに捧げる祈りとして。」(p301)
私は、その時、ナスラッラーやカズオ・イシグロを彼女が「戦争に対義できる文学」と捉えているように読んでいた。だからパウル・ツェランやプリモ・レーヴィにふれつつ、文学は戦争に対しつつ、しかし対し切れたのか?と問いたかった。またサルトルの言葉に対する岡の立ち位置も、はっきりと対立するものだと捉えていた。
あいだにアドルノの言葉が挟まれていたこともあるが、それらはどうやらはっきりとした誤読だった。
岡は何よりもまずサルトルと同じ問いを自らに向けて発するところから出発していた。
『アラブ、祈りとしての文学』(岡真理 みすず書房)という本を読むことができた。その冒頭は次のような章で始まる。「小説、この無能なものたち」。そしてヨルダン川西岸北部のジェニン難民キャンプが徹底的に破壊されるさまにふれながら、こう書く。
「あの頃、朝、電子メールを開くたびに、パレスチナ各地から、悲鳴のようなメールが世界中を転送されて何通も届いていた。いても立ってもいられぬ思いで、4月末、私はパレスチナに赴いた。〔…〕/このような現実を前に、私は、自分がアラブ文学研究者であることの意味を問い直さずにはおれなかった。ジャーナリストなら、この現実を写真や文章で広く世界に伝えることができる。医者であれば現地に赴き、傷ついた人々を助けることができる。手品師なら鮮やかなマジックで、怯える子どもたちに束の間の笑顔をとりもどしてやれる。だが、私はアラブ文学者だった。それは恐ろしく無能で、役立たずのことのように思われた。」(p2)
サルトルの問いは、まず彼女自身の自らへの問いとしてあったのだ。自らの無能さ、無力さへの歯ぎしりするような思いとともにあった。
この本は、このような現実から始まる。そしてアラブで何が起こっているのか、パレスチナで何が起こっているのか、その中で作家は何を見、何を書いたのか。そこに何を込めたのか。それは戦争と殺戮の中で人間が何ものであり得るのか、と言うと問いとも重なり合いながら、文学の意味を捉えなおす。文学が何であり得るのか、あるいは何でしかありえないのか。
内容は、実際に本を手にとって読んで欲しいと思う。そこには極限的な状況の中で、例えば難民キャンプで生まれ、育ち、出口がどこにも見えない中で、生き続ける以外に選択肢がないまま数十年を過ごしてきた人々がいる。その状況に対して、人間の希望とは何であり得るのか。人間の愛は、物語は何であり得るのか。そうしたことが書かれている。要約すべきではないと思う言葉が、アラブの作家たちの文章とともに書き記されている。
いま要約すべきではないと書いた。しかし、その断片の一つをここに記しておきたい。私はこうした引用によって、あたかもその文章を読んだような気持ちになってしまうことをむしろ恐れる。けれども、その断片が見知らぬ世界への小さな扉を開く力になることを願うからだ。直接それに触れることから感じとるものがあるのではないかと期待するからだ。
「小説もまた、そのようなものであるとは言えないだろうか。痛みをただ生きることだけしかできない者たちのために、彼らが耐え忍ぶ痛みのゆえに、彼らの知らないところで、彼らに捧げられたひそやかな祈り……。だとすれば、アフリカで飢えている子どもたちを前にして文学に何ができるのか、と言うサルトルの問いに、私たちはこうこう答えることができるのかもしれない――小説は祈ることができる、と。だが祈りとして書かれた小説が、いままさに餓死せんとしている子どもを死から救うのかと問われれば、祈りが無力であるのと同じように、小説もまた無力であるにちがいない。
孤独のなかに打ち棄てられている者たちにとって、自分たちのために祈る者がいると知ることは、一つの救いだろう。〔…〕だが祈りの多くは、祈りを捧げられるものたちがそれを知ることなく、密やかに行われるものだ。」〔p299〕
「極言すれば、いま、すでに起きている事柄に対して祈りそれ自体が無力であるように、小説は無力である。」
「では祈ることが無力であるなら、祈ることは無意味なのか。私たちは祈ることをやめてよいのか。しかし、いま、まさに死んでゆく者に対して、その手を握ることさえ叶わないとき、あるいは、すでに死者となった者たち、そのとりかえしのつかなさに対して、私たちになお、できることがあるとすれば、それは、祈ることではないのだろうか。〔…〕
薬も水も一片のパンも、もはや何の力にもならない、餓死せんとする子どもの、もし、その傍らにいることができたなら、私たちはその手をとって、決して孤独のうちに逝かせることはないだろう。あるいは、自爆に赴こうとする青年が目の前にいたら、身を挺して彼の行く手を遮るだろう。だが、私たちはそこにいない。彼のために、祈ること、それが私たちにできるすべてである。だから小説は、そこにいない者たち、いなかった者たちによって書かれるのだ。もはや私たちには祈ることしかできないそれらの者たちのために、彼らに捧げる祈りとして。」(p301)
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