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since Aug.2009.......「声低く語れ(parla basso)」というのはミケランジェロの言葉です。そして林達夫の座右の銘でもありました。                        ふだん私は教室でそれこそ「大きな声で」話をしている気がします。そうしないといけないこともあるだろうと思います。けれども、本当に伝えたいことはきっと「大きな声」では伝えられないのだという気がします。ということで、私の個人のページを作りました。
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 ベンヤミンの「認識批判的序説」を読むのを断念した。いったいどれくらいの時間をこの文章の上に投入してきただろうか。

 細部をクリアにできるか全体の構造がつかめるか、いずれかがはっきりしてくるならばそれなりに解きほぐしていけるのだろうが、いまの私の力量ではその両方が一つの像を結ばない。理念、概念、現象…そんな基本的なタームがわからない。すべてにおいて曖昧で、ぐにゃぐにゃした状態を脱することができない。
 ベンヤミンの研究書だって読んだんだ。それは通り一遍にわかる。けれども、どうにもこうにも「なるほど」と腑に落ちるものが何もない。

 並行してベンヤミンの言語理論を少し繙いてみた。著作集の3巻。「言語と社会」所収のもの。最初の論文は、彼が24歳の時に書いた「言語一般および人間の言語」。驚いた。ベンヤミンの言語についての認識は私の想像とはまったくことなっていた。そしてその7年後に書いた上記の「認識批判的序説」は部分的にその直接的な延長線上で書かれている。

 ベンヤミンは事物の言語を考えている。人間の言語だけではなく、事物に精神的本質を認め、その言語について論じている。それは彼がユダヤ教徒であったことに起因しているのかもしれない。そうか、と思う。創世記は言葉=ロゴスにはじまる。事物は神がつくったものとして精神的・言語的本質を有するものとして彼には感得されている。

 読めないはずだ。私は言語をどこまでも人間の言語のうちで考えていた。まったく世界の感受の仕方がちがう。


 そういえば、得心のいくことがある。

 幼年時代にこだわり、事物のデティールに滑りこむようにして彼は歴史を幼年期に向かって遡上する。それは箪笥のかげで、納戸のおくで、庭の隅の植え込みの向こう側でおこなわれる一つの冒険だ。
 そして晩年の彼はパリのパサージュ論の大量の論稿をかかえていた。パリの街路の19世紀の姿を活写する。
 そうか、と思う。

 ベンヤミンにとってこの世界は、囁くような言葉に満ちていたのかもしれない。それはいま目に見えているものの声ではない。「歴史哲学テーゼ」では、過去の廃墟に潜む鈍く光るものを救済しようとする。そしてその廃墟の中には1919年の血の海に沈められたドイツ革命や暗殺されたローザ・ルクセンブルグが立っているに違いない。

 世界は、事物は、あるいは歴史をその衣の下に潜ませた事物は、ベンヤミンのこっそりとささやきかけていたような気がする。それはちょうど、ナチス支配下のパリで、ユダヤ人であるベンヤミンたちがひっそりとした短い言葉でしか本当に言いたいことを語ることができなかったことと同じなのかもしれない。


 そうしたベンヤミンの姿を捉えたい。その視界を垣間見たい。
 だからいま、ベンヤミンの言語論を読み、あわせてパサージュ論を読み始めた。ついでにへいこうしてアドリアンヌ・モニエの「オデオン通り」を読んでいる。書店「本の友の家」を主催し、1920年代、30年代のパリのアヴァンギャルドたちのなかに場所を提供した彼女の回想には、オデオン通りを遊歩するベンヤミンがもうすぐ姿を見せることになる。

 文学を志し、ポール・ヴァレリーのもとに通い、周囲の心配する声にもかかわらず収容所にとらわれたユダヤ人たちの支援活動をしていたエレーヌ・ベールという女性がいる。ユダヤ人として、非ユダヤの友人たちのナチスに対するあまりの鈍感さに直面しながら、彼女はどこかで自分も収容所で命を落とすことになるだろうとどこかで予感し、それでもパリを脱出しなかった。少し前に彼女の日記は邦訳が出版された。日記は彼女が強制収容所に連行される直前で終わっている。もう日記を書くこと、書き残すことはできなかった。

 きっとオデオン通りにはエレーヌも姿を見せたことだろう。ひょっとするとベンヤミンと彼女はどこかですれ違っていたかもしれない。1930年代はそうした時代だった。そのなかでベンヤミンは小さな消されてしまいそうな言葉を聞き届けていたのだろう。


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